第三回 2004.06.03 配信



こんにちは。
満月の日の夕方配信される東京庚申堂の読み物、 三回目の今日は、お堂で起こったある事件についてのお話です。





蟲話03 「大家さんがやって来た!」


◆ お堂のこと

ぼくら東京庚申堂の活動拠点は、東中野にある小さな一軒家です。 この一軒家をぼくらはお堂と呼んでいて、 堂守であるぼくは二階部分に住みながら その全体を管理しています。


◆ お堂の大家さんのこと

このお堂の大家さんは、近所に住む金物屋さん夫婦です。 金物屋さんの旦那さんは、背丈も幅もとにかく大きく、 大ジョッキビールをぐいぐい飲んでそうな、 豪快な外見なのですが、話してみるととても物腰柔らかく、 ぼくのような若造にも丁寧に接してくれる優しい人です。

大家さんといっても頻繁に接触があるわけでもなく、 お店の前を通りすぎるときに挨拶する程度でしたが、 この人のよさそうな大家さん夫婦に 迷惑をかけないように住まなきゃな、 とぼくはつねづね感じていました。


◆ 大家さんがやってくる

一年前の、ちょうど今ごろのある日、 その大家さんがお堂に来てくれることになりました。 夏に入る前に、うちの窓に網戸をつけてあげたい、とのことで、 古い家だから網戸がなかったのを、 ずっと気にしてくれていたそうです。

ぼくはそんな大家さんの気配りに感激し、 さっそくその週末に来ていただくよう依頼しました。 そして、その直後に気づいたのです。

ちょっと待った。大家さんがうちに来る?

大家さんはぼくがここを借りてから、 一度も入ったことはありません。 当然、ごく普通の会社員が ごく普通に暮らしていると思っているはずです。

しかし、うちの二階では新興宗教や民俗学の あやしげな専門書が、本棚をびっしり埋めつくしています。 それに一階の部屋のど真ん中には、 ぼくが勝手に作った大きな囲炉裏がしつらえてあります。 そのうえその奥には、道教、仏教、神道がごちゃまぜになった、 得体の知れないハデな祭壇が鎮座しています。 どこをどうみても、普通に暮らしているようにはみえない。

大家さんの来る前夜、ぼくは本棚を裏返しにし、 祭壇にある掛け軸やらご神体を押入れに放り込み、 その後ろに張った白布をはぎ取り、囲炉裏をひっぺがしました。 もう怪しいものはないか。あ、そうだ。刻書看板。

忘れるところでしたが、うちの玄関の上の外壁には、 元山海塾の舞踏家滑川五郎氏の揮毫による、 「東京庚申堂」と書かれた大きな木製の看板がかけられています。 二階の窓から鎖でつりさげてあるそれは、 怪しい家の象徴であると同時に、 勝手に窓の木枠に太いねじをうめこんでいるため、 大家さんの心証を悪くすること間違いなしのシロモノです。 ぼくは大慌てでこれもはずし、 二階の部屋に布をかけて隠しておきました。


◆ そして、大家さんがやって来た

次の日、大家さんがはじめてうちに来ました。 汗を拭き拭き、家じゅうの窓の寸法をはかってくれたあと、 一息つきながら大家さんはぼそりと尋ねました。 「ヤマグチさん、今日は表の看板どうしたんですか?」

え!?

「窓から吊るしてた木の看板あったでしょう」
どっ、とぼくの汗も噴き出してきます。 やばい。目が笑ってない。 「ああ、あれは今日雨降りそうだからその…」
しどろもどろ。

そりゃそうです。 いくらうちの中には入ったことがないといっても 近所に住んでいる大家さんがあの看板を知らないはずがない。

ぼくは絶望的な気分になりました。 家の使用目的が違うとかで、契約違反になっちゃうのかな。 庚申堂の活動とかも知ってたら、出てくれと云われても 文句は云えない。 そりゃ変な団体に家を貸すのは、誰だってイヤでしょう。 ふぅ。明日から部屋探しか。

「あれ、二階からさげるより、  壁に取り付けちゃったほうがよくないですか」

え!?いまなんと?

「そうだ。壁に釘打ち込んで固定しちゃいましょう。  あ、あの看板に穴あけちゃうのまずいですか?」
いやそうじゃなくて。
「うちはこんな仕事ですから、なんならやってあげますよ」
…いいんですか。あなたの家ですよ。
「いいんですよ。どんどん自由に使ってください」

泣。


◆ 乾杯

次の日。大家さんは本当に、うちの馬鹿げた看板を外壁に 取り付けに、ドリルやら留め具やらを持って来てくれました。

お代は…というぼくに、笑って手を振った大家さんは 前日以上の炎天下の中、黙々と電動ドリルを 鳴らしています。 ぼくはせめてものお礼にと、飲料専用冷蔵庫から キンキンに冷えたビールを取り出し、 作業を終えた大家さんにすすめました。
ところが。

「あ、ぼくお酒は一滴も飲めないんですよ。  図体が大きいから、飲めそうだっていわれるんですけどね。  すみませんけどお水いっぱいもらえますか」
そういって大家さんは美味しそうに水を飲んで、 帰っていきました。

そして。
ぼくは、あらたに取り付けられた庚申堂の看板を見上げながら 大家さんの残していったビールで、ひとり乾杯をしました。 ああ、大家さんがいい人で本当によかった。



あれから一年。
いろんなものが寄贈されて、お堂はますます へんてこりんさがバージョンアップしています。 まだいらっしゃったことのない方は、 ぜひいちどお越しください。

次の満月は、七月二日です。







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